一般社団法人エル・システマジャパン「子どもの音楽教育プログラム」

東日本大震災の被災地で、子どもたちの生きる力を育むことを目的として、オーケストラや合唱など、集団での音楽教育を自治体とのパートナーシップのもとに希望する子どもたちへ無償で提供。

一般社団法人エル・システマジャパン
代表理事菊川穣

支援プロジェクトの概要人材育成支援

東日本大震災の被災地で子どもたちを支援していくために 2012 年にエル・システマジャパンを設立し、同年5月に福島県相馬市、 2014 年 5 月に岩手県大槌町と「音楽を通して生きる力を育む」事業の協力協定を締結。以来、上記自治体とのパートナーシップのもと、家庭の経済状況や障がいの有無に関係なく、希望するすべての子どもに音楽教育を無償で提供。次世代を担う子どもたちを中心に地域の活性化を目指している。

プロジェクト詳細はこちら
  • 支援のナレッジを学ぶ
  • プロジェクト担当者
    インタビュー
  • Q1プロジェクトの概要を教えてください

    東日本大震災の被災地で子どもたちを支援していくために 2012 年にエル・システマジャパンを設立し、同年5月に福島県相馬市、 2014 年 5 月に岩手県大槌町と「音楽を通して生きる力を育む」事業の協力協定を締結。以来、上記自治体とのパートナーシップのもと、家庭の経済状況や障がいの有無に関係なく、希望するすべての子どもに音楽教育を無償で提供。次世代を担う子どもたちを中心に地域の活性化を目指している。

  • Q2プロジェクトの始まった経緯を教えてください

    代表理事の菊川が、以前の職場であるユニセフの緊急支援コーディネーターとして被災地の子どもたちへの支援活動をリードする中、子どもたちの成長は復興そのものであり、その過程で子どもたちの「生きる力」を育むような長期的な支援の必要性に気づいた。
    その解決に向けて、 1975 年に南米ベネズエラで始まり、現在は本国で約 70 万人の子どもたち、そして世界 60 ヶ所以上の国や地域で展開されている「エル・システマ」という集団での音楽教育プログラムを知った。そんなとき、コンサートで来日したドイツのベルリンフィルハーモニー管弦楽団のホルン奏者で、ベネズエラのエル・システマの活動にも長く関わるなど、関係性の深いマクウィリアム氏から「日本でも必要ではないか」と背中を押された。
    そして、特に原発事故の影響で子どもたちの尊厳が失われている福島においてこそ、日本で最初のエル・システマの取り組みを始めるべきだとの認識に至った。幸い福島は、合唱やオーケストラなど、以前から公立の小中学校を通した音楽教育の活動が盛んで、交渉を始めた相馬市にも伝統のある弦楽合奏の小学校クラブ活動が存在していた。また、菊川のユニセフでの仕事のカウンターパートである市教育委員会の担当者を介して、エル・システマに関心を持つ地元音楽関係者と繋がることができた。菊川はユニセフを辞め、エル・システマジャパンの立ち上げに動く。

  • Q3法人の設立はスムーズに実現できたのでしょうか?

    エル・システマはフランチャイズではないので、エル・システマジャパンは資金的にも事業体制としても独立した組織だ。幸い、マクウィリアム氏や駐日ベネズエラ大使館の協力により、本国のエル・システマとも早い段階で正式な協力協定を結ぶことが可能となり、技術的なサポートも受けられている。しかし、団体設立から半年間は一部の音楽家からの支援を除いてまとまった資金もなく、菊川がボランティアで資金調達に奔走した。

    (写真: FESJ/2016 )

  • Q4このプロジェクトの企画・立ち上げで工夫されたことについて教えてください

    菊川のユニセフでのプロジェクト形成・マネジメントの経験をベースに、地域に根ざした長期的な支援を展開すべく、地方自治体が実施者としてのオーナーシップをもってプロジェクトに参加するように枠組みを整備した。具体的には、 2012 年 1 月当時に策定準備中だった第1次相馬市復興計画構想に、教育事業の 1 つとして「公教育で取り組むエル・システマ事業(音楽を通して生きる力を育む)」を明記することができた。同年 5 月には、相馬市と同事業実施に関する協力協定を締結した。このことより、事業は教育委員会が実施する活動として正式に位置づけられた。
    同様な仕組みは 2014 年 6 月以降、岩手県大槌町でも適用されている。菊川がユニセフ時代から親しくしていた当時の町長から、「ぜひ大槌町でも」と相談を受けたことがきっかけだった。
    なお、事業目標の設定にあたっては、あえてオーケストラの設立や大規模なコンサートの実施を掲げずに、既存の学校のクラブ活動に専門講師を派遣し、必要な楽器を調達・整備する内容にとどめ、学校現場の協力を得やすい現実的な方法をとった。

  • Q5なぜ、オーケストラの設立やコンサートの開催をあえて目標にしなかったのですか?

    ここは、とても大切なポイントだった。最初からオーケストラをつくるといった大きな夢を語ると、現場レベルで日々の業務に疲弊している教員の理解を得ることが難しい現実があった。多くの被災地支援団体が、「子どもたちのために」という名目で著名人を巻き込んだりして華々しい支援活動をする一方、学校現場ではそのことによって休日出勤が続き、各種調整に振り回されるといった不満も大きかった。あくまでも、現場が本当に必要としていることに寄り添うスタンスが、長期的な信頼を得る上で重要であった。
    実際、現在もオーケストラやコーラスの活動の裏で、鑑賞教室の実施や鼓笛隊の指導、授業のサポートなどの学校支援活動を実施している。このことは、相馬のように学校規模が小さく音楽専科の教員確保もままならない状況下で、教育委員会や学校現場から高く評価されている。

    (写真: FESJ/2016 )

  • Q6立ち上がったプロジェクトを進めていくために具体的に行ったことを教えてください

    地方自治体のオーナーシップに基づき、公的な予算を確保する努力を当初から行った。相馬市では 2012 年秋(大槌町は 2014 年 6 月)から、文部科学省緊急スクールカウンセラー等派遣プログラムの一環として事業資金を得ることになった。また、相馬市においては 2014 年 4 月から、文化庁の補助金を受ける条件だった市事業としての予算化も決まり、 2015 年 12 月には「ふるさと納税」の仕組みでエル・システマ事業を指定支援することも可能となった。
    しかし、資金の確保は恒常的な課題であり、事業内容を拡充するため、個人や団体、企業を対象とした資金調達の取り組みを展開してきた。具体例の 1 つには、 LVMH モエヘネシー・ルイヴィトン ジャパンからの資金援助がある。オーケストラやコーラスに参加していない子どもたちも自由に無償で参加できる作曲教室活動を、作曲家である藤倉大氏の協力のもと実施している。
    さらに、活動の規模が拡大するにつれ地元指導者を補佐する人材の必要性が高まったが、これには音楽大学を中心とする学生や若手社会人がボランティアで週末の指導に関わる体制を整備。当初は口コミで、 2015 年からはホームページで告知しており、登録者数は約 50 人に上る。

    (写真: FESJ/2015/Mariko Tagashira )

  • Q7プロジェクトの成果・課題について教えてください

    相馬では、既存の中高吹奏楽部活動に参加している子どもを含めて、 5〜18 歳からなる約 180 人が参加するオーケストラとコーラスの活動を日々実施している。 2016 年 3 月には、代表メンバー 37 名がドイツ公演ツアーに参加し、ベルリンフィルハーモニーのメンバーと共演できるまでに技術的、音楽的な向上がみられた。このうち、弦楽器はこのプロジェクトが発足して以降に始めた者が大半を占めた。また、継続的に実施している青山学院大学の研究室による外部評価調査からも、自分の考えや意見を発表することが得意と答える割合が、類似の全国調査( 49.6% )と比べてオーケストラに参加している子どもは高い( 66.6% )ことなどが明らかになっている。
    福島の子どもの場合は、原発事故による差別への恐怖心など心理的な負担が大きい。だが、集団での音楽活動や郷土民謡の演奏などを通して、自信をつけ、郷土に誇りを持つようになっていることは非常に意義深いと考えている。この調査を踏まえ、 2016 年からは慶応義塾大学 SFC 研究所による評価調査も開始。参加する子どもたちだけでなく、活動が地域社会そのものにどのような影響を与えているかについても重層的に分析していく予定だ。

    一方、大槌での活動は、発足当初は弦楽器を学習する環境は全くなかったが、現在は 3〜12 歳からなる約 15 人の弦楽合奏団が既存の中高吹奏楽部員とともに様々な地域の活動に参加し、充実した発表活動をしている。課題としては、参加している様々な家庭環境の子どもたちに、より充実した練習環境(家庭を含む)を用意する必要性が生じてきている。

    (写真: FESJ/2016/Toshihiko Ochiai )

  • Q8成果や課題を踏まえ今後の展望について教えてください

    エル・システマのコンセプトは応用範囲が広いので、ある程度の波及は長期的には想定していたが、 5 年以内でここまで発展するとは考えていなかった。
    今後は、相馬ではオーケストラ環境を充実させるために中高吹奏楽部員への支援や、小学生からオーケストラでも特に必要とされる木管楽器を学べる環境作りを行っていく予定である。一方の大槌では、オーケストラ活動の基盤を固めるため、弦楽器教室を平日夜にも定期的に導入していく計画だ。また、小学生を対象としたビッグバンドの活動も予定している。さらに、相馬と大槌の両方で保護者が関わる音楽活動も始まっているので、対象者を地域の周りの大人たちにも広げ、より地域全体を巻き込んだ仕組みを整備していきたい。
    東北沿岸部は、過疎や少子高齢化など日本社会が構造的に抱えている課題先進地域だ。こうした環境で、音楽が子どもたちの生きる力を育み、世代や地域、そして文化や国境を越えて、人と人を繋いでくれることの意義は非常に大きいと考えている。
    さらに、被災地支援に留まらず、今後事業を拡大していく計画がある。相馬や大槌などのように、教育・文化芸術関連の公共サービスが限定されている全国の小規模自治体でエル・システマプログラムを導入する価値は高いと考えている。今後も、各地域の教育委員会などと連携しながら、活動エリアを広げていきたい。

支援ナレッジを見る

その他の 人材育成支援 プロジェクト

支援プロジェクト一覧へ
ページトップへ