ヤフー株式会社「復興デパートメント」

農作物や海産品、加工品など東北の産品に特化した EC モール「復興デパートメント」の運営

ヤフー株式会社
復興支援室 室長長谷川 琢也

支援プロジェクトの概要地域産業支援

農作物や海産品、加工品など東北の産品に特化した EC モール「復興デパートメント」の運営。震災により失った販路の一助となるとともに、ネット販売に限らない幅広い範囲で現地事業者の新たな挑戦を後押ししている。

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  • Q1プロジェクトの概要を教えてください

    農作物や海産品、加工品など東北の産品に特化した EC モール「復興デパートメント」の運営。震災により失った販路の一助となるとともに、ネット販売に限らない幅広い範囲で現地事業者の新たな挑戦を後押ししている。

  • Q2プロジェクト開始の経緯を教えてください

    一番最初は個人ボランティアで東北に入った。土日はほぼ毎週現地に入っていくうちに、徐々にボランティア仲間や地元の人とのつながりができていった。そうした中で、「販路はなくなってしまったが、奇跡的に残った生産物や一部の生産ラインがある。インターネットなら売り先をつくれるんじゃないか」といった地元の声をきいた。ちょうど当時会社でも「自分たちにしかできないことをトガらせよう」と言っていた時期でもあり、EC モールをつくるアイディアにつながっていった。2011 年 6 月から 7 月の頃だった。


    早速準備を開始した。EC モールの開設だけなら難しくないとたかをくくっていたが、甘かった。当然だが、出せば売れるような簡単なものではない。写真とってこれはサバですって言っても売れるはずがなく、よいものをちゃんとカタチにする必要がある。が、インターネットできる人、ストアをプロデュースできる人が現地には圧倒的に少ない。ネットで売るということは、世界中がライバルになり、商店街の隣の店だけでなくなると言うこと。労力そして気持ちが大切。それを現地の人に理解してもらうところからのスタートだった。

  • Q3どのような体制をつくりましたか

    当時主に石巻にボランティアで集まっていた色々な団体や個人の人たちと横でつながっていった。特に、緊急期の後に若いボランティアの活動の場を模索していたオンザロードという NPO 団体の力が大きかった。生産者にあたって信頼を築きやる気にさせる人、写真を撮る人、サイトを構築する人、実際のオペレーションをサポートする人、徐々にピースが埋まっていった形。


    社内では、直後はボランティアタスクフォースが組まれて多くの社員が参加していたが、半年を過ぎるころには自分と後の復興支援室長となる須永の 2 名だけになっていた。ただプロジェクトが具体化していく中で、ストアの申請や審査、web 構築などの作業において手伝ってくれる仲間が徐々に増えていった。タスクフォースは解散したが後ろ髪引かれていた社員が多かったのだと思う。


    その他、映像の制作であったり事務作業であったり、様々な面で多くのプロフェッショナルな個人も手伝ってくれた。

  • Q4すごい巻き込み力です。なぜそれが可能だったと思いますか

    あの時東北に集まっていた人たちの、何か力になりたいと言うエネルギーはすごいものがあった。手伝ってくれた個人は名だたる企業のキーとなるような人も多かったが、どれだけ偉い人だとか会社が競合同士だとかまったく関係なく、会社も年齢も色んな垣根を越えてみんなでアイディアを出し合い、しかも楽しみながら物事が進んでいった。ボーダーレスなチームが自然と生まれていった。思いもしなかったような意見や打ち手がそこから生まれ、多様な人の多様な視点、角度で見ることの価値を体感した。


    共通していたのは、東北をなんとかしたいという思い。それが共通言語であり旗印になっていた。そして具体的なプロジェクトが、それらの個をくっつける接着剤となった。自分自身は魚を釣れる訳でもサイトがつくれる訳でもないが、とにかく接着剤となろうと思っていた。

  • Q5プロジェクトはどのように進みましたか

    構想から約半年後、2011 年 12 月 14 日に「復興デパートメント」は無事リリースを迎えた。その後、体制面で大きな変化が訪れた。それまでは自分も須永(上記)も本業を持ちながら片手間に「復興デパートメント」を進めてきたが、2012 年 4 月から新設される復興を専門にやる部署「復興支援室」への移動となった。3 月に社長が交代し新たに「課題解決エンジン」になるというビジョンが掲げられたが、副社長直轄の COO 室に置かれた復興支援室は、まさに解決すべき課題に立ち向かう部署だった。7 月には石巻に支社「石巻復興ベース」をつくり自分と須永を含む 5 名が常駐となった。


    しかし業績を上げることは甘くなく、特に 2012 年 3 月以降は「初年度風化」が激しく、月に数十万円といった月もあった。出店ストアの開拓を進めつつ、表現方法、生産者、オペレーション、あらゆる面で改善を続けた。たとえば生産者や被災地のストーリーを全面に押し出していたところから、商品を全面に出し「しずる感」を追求した写真などいわゆるネットショッピングの鉄板の見せ方とうまくコンビネーションする形へと移行した。また配送料の値上げへの対応もあり、単価をあげるセット商品を強化した。2012 年秋から始めた「おやじのおまかせセット」は最初のヒットとなった。

  • Q6進める上で留意した点はありますか

    会社としても宣言をしていたが、全てをまんべんなくやるのではなく何かにフォーカスすることを意識した。2012 年 6 月に出会った阿部勝太という漁師との出会いがターニングポイントとなった。10 年後の新しい漁業のビジョンを語る彼と漁業の未来に魅了された我々は、彼をきっかけに漁業へのフォーカスを行った。これを機に元々何か一緒にやろうと話していたオイシックス社とのコラボレーションも進み、浜や県を超えて漁師をネットワークする「三陸フィッシャーマンズプロジェクト」が誕生し、その中から特大ホタテ「デカプリホ」というプロデュース商品も生まれた。TV 報道もされ即完売の大ヒットとなった。

  • Q7どんなことが課題でしたか

    漁師と仕事をする難しさも味わった。複数の浜を一緒に見せるやり方に賛同をもらえず、商品の記者発表直前に漁師のみなさんが帰ってしまうようなトラブルもあった。石巻の、1 つの半島だけでも 30 の浜があり、それぞれの浜で皆プライドがあったのだ。この経験を活かし、牡蠣では浜ごとの味くらべ企画を実施した。これは消費者にも漁師にもウケた。そうこうする中、震災から 2 年をむかえる 2013 年 3 月には『ガイアの夜明け』で特集されるなど認知度も向上し、初めて月間売上 1000 万を超えることとなった。

  • Q8その後の展開を教えてください。

    石巻にある石巻日日新聞の方には当初より「小さな成功事例をつくってくれ」と言われていた。いなかは新しいものに懐疑的だが 1 つ成功事例できると真似しだす、と。この 2013 年のヒットを機に、確かにストアの開拓も加速していった。


    また、支援企業や団体の東北からの撤退も多かったので、新たに東北に関わる人を増やそうとデパートやアパレルブランドなどとのコラボ商品開発も意識して進めていった。行政とのコラボとして、市や町がオフィシャルストアを持つ動きも進んでいった。


    また立ち上げ当初から、オンザロードのリーダーと話をしていたのが「卒業」だ。オンザロードの一事業として始まり一番の繁盛店として走り続けている「石巻元気商店」はオンザロードから一事業者へ卒業し、復興デパートメント以外のプラットフォームでの販売もしている。他にも、あるストアの一部門だった会津木綿のチームが独り立ちしてストアを開設するなど、卒業や地域での自立の動きが少しずつ出始めている。


    一方、雇用創出の予算が切れるなどの理由で途中でやめてしまったお店もある。ビジネスとしてやっていけるところだけとやっていくしかないと考えている。最近は CRM(Customer Relationship Management)をやりましょうと勉強会などを開催して力を入れている。


    2015 年末の時点で累計売上は 8.5 億円を突破する。規模としてはまだまだ小さいが、毎年 3 月がくるたびに「もう復興需要も終わり」と言われながらも成長できているのは誇りに思う。

  • Q9被災地のものを販売する際のポイントはなんですか?

    やはり、商品の裏にあるストーリーをいかに出していくのかということだろう。ストーリーを大事に伝えていくことが財布の紐をゆるませる。イメージは、100 年続く老舗のようかん屋。新しい何かを売り出すときに、いきなり大きな広告を投下したりバズらせたりしてヤマをつくって、という消費的なプロデュースより、歴史だったり雰囲気だったりが大切にされていて、毎日爆発的に売れてる訳ではないけど 100 年続いているような。ただしストーリーだけでも売れる訳ではない。ストーリー、それと売り手(生産者)と買い手(消費者)のコミュニケーション、それとしっかりした業務フロー。これらがちゃんとセットになっていることが重要だ。


    なお、値引きはいっさいしない。大量生産のものに値段で勝てるわけない。値引きをしなくても売れるようこだわりぬく。人とストーリーを伝えるために動画を活用したり、美味しさの見せ方も追求する。

  • Q10プロジェクトマネジメント方法を教えてください

    対本社は基本的に売上で目標管理が行われてる。それをストアごとにブレークダウンして、現在 40 ある各ストアとコミュニケーションを行っている。一部のストアとは詳細な目標管理シートのやりとりしているが、多くは大きな握りの中で話している。現在の復興支援室は 3 名石巻 2 名東京という構成だが、東京の 2 名は販促を担当しており、経営アドバイスを適宜行う形。

  • Q11今後の展望を教えてください

    漁業にフォーカスして取り組む中で、美味しい加工品もなにもすべての根っこは漁師で、彼らが美味しい魚を獲ってこなかったら何も始まらないということに気づいていった。漁業における就業者減、特に若手の少なさは大きな課題である。課題解決エンジンとして、復興デパートメントでやっている「売る」こと以外の手を打つ必要があると考え、この数年で仲間となった漁師たちとともにフィッシャーマンジャパンという法人を設立した。課題解決にあたっては、ヤフーらしさ、インターネットらしさ、などの考えから自由になるべきだ。


    浜を超えた若手漁師がつながるこのチームでは、商品を開発・販売したり、東京で海産物 BBQ イベントを行ったり、漁師就業セミナーを行ったり、漁業の求人サイトを運営したり、今後は直営飲食店の予定もあり、様々な取り組みを進めている。「復興デパートメント」から見ると 1 つのストアという位置づけでもあるが、活動内容は人材を軸としつつ「売る」を超えたものになっている。リクルート社の『ガテン』という雑誌は、プロモーションの力で土木建設業界のイメージを変えたと言われることがある(たとえば 3K から、男らしいたくましいへ)。一見バラバラに見えるこうした取り組みが一つにつながり、新たな業界そして市場をつくりだすようにしていきたい。

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